チンパンジーの脳は、平均で約400g。
ホモサピエンス、つまり僕ら人間のおよそ三分の一です。
しかし、京都大学霊長類研究所のレポートによれば、そんなチンパンジーの脳には、人間以上の機能が備わっている部分もあるといっています。
それは、「瞬間識別能力」。
たとえば、タッチパネルの任意の場所に、数字を表示させて、それをパッと、■に変えてしまいます。
すると、チンパンジーたちは、その■を、数字の順番通りに、正確に指でタッチしていくというんですね。
嗅覚や聴覚ならともかく、脳みその能力で、人間がチンパンジーに負けるわけにはいかない。
なめんなよと思って、同じことをやって、僕がおっかけられたのは、せいぜい「5」まで。
これを敵は、顔色一つ変えずに、「19」までは、やってのけます。 あきらかに、この能力において、僕はチンパンジー以下でしたね。
チンパンジーは、パッと目で見たものを、瞬時にして頭に記憶する能力において、400gの脳でも、十分に人間の脳の上をいっています。
それでは、それでも彼らの3倍もあるという脳みそを、人間は、いったい何に使っているんじゃいという話です。
その前にひとつこんなお話。
この京都大学霊長類研究所で飼われているチンパンジーの中に、怪我のために、半身不随になってしまっているチンパンジーがいるそうなんですね。
まあ、幸いかな、このチンパンジーは、研究所の方の保護を受けて、不便な生活ながらも元気に暮らしているそうなんですが、人間ならば、行き先を悲観して、自殺でもしたくなるような状況でありながら、彼の表情はけして暗くないそうです。
どうしてなのか。
研究所の方は、こう考えたそうです。
チンパンジーの脳は、実は、「今」起こっていることにどう対応するかに、多くの部分を使われるようになっていて、過去がどうだとか、この先がどうだとかいう、今目の前にあること以外のことに脳が使われることがない。
なるほど。
そうくれば、今目の前にあることに対応する能力という意味で、さきほどの「瞬間記憶能力」が、人間より勝っているという点もうなづけます。
では、ここから自殺のお話。
自分の先行きを考えるから、人は悲観します。
世を儚むわけです。
しかし、チンパンジーは、それを考えない。
そんなことよりも、今自分の前に出されたエサがまずくて悲しい。
足が不自由だから、届かなかったところに手が届くようになってうれしい。
自分の置かれた状況は状況で受け入れながらも、このチンパンジーにとっては、そんな中で暮らす毎日の「今」が関心事のすべて。
要するに、彼らは、今の状況がどうだから、将来がどうなるなんてことを考えることはしない。
だから当然、悲観もしない。
だから、チンパンジーは自殺をしない。
まあ、そういうことです。
つまり、地球上の生物の中で、ダントツのトップを誇る人間の脳みその大部分は、実は「今」以外のことを考えるために使われているということなんですね。
「今」以外のことを考えることを、僕らは、「想いを馳せる」といいます。
この「想いを馳せる」「想像する」という脳の使い方こそ、実は、一番脳みそを進歩発達させた使い方というわけです。
僕らの脳みそは、「過去」や「未来」をイメージするということに使われてきたからこそ、生物の中で、もっとも質の高い、大きな脳を持つにいたった。
それゆえ、人間は地球のイニシアティブをとれるところまで進化してきた。
しかし、これには、生物学的に予期せぬ副産物も発生した。
それが、自殺でしょう。
数ある生物の中で、「自殺」なんていう、生物学的に理解不能な行動に走るのは、もちろん人間だけ。
世を儚むサルはいないし、首をつる猫もいない。
人間だけが、それをするわけです。
進歩したはずのご自慢の脳で、いったい我々は、何を考えているのよという話です。
つまり、人間の進歩しすぎた「脳」は、ひとたび、不幸な状況に陥ると、そこからご丁寧にも、不幸な「未来」を推測して、よせばいいのに勝手に脚色までほどこしてドツボにはまっていく。
そして、挙句の果てに、そのイメージから抜け出せないまま自殺。
まあ、チンパンジーからすれば到底理解不能な行為にはしってしまうというわけです。
今の世の中、不幸な人は多いでしょうが、不幸なチンパンジーだっています。
失恋するチンパンジーもいれば、親に死なれるチンパンジーもいる。
半身不随のチンパンジーだっている。
しかし、人間は自殺しても、チンパンジーは自殺しない。
では、チンパンジーに生まれた方が幸せか。
それとも、人間に生まれた方が幸せか。
どうでしょうね。
ちなみに、うちの相方は、「猫になりたい」と日々ため息をついていますが、なんだかんだといっても、僕としては、チンパンジーよりは、人間に生まれてよかったなあと思いたいところ。
だってそうでしょう。
チンパンジーに生まれてしまったら、カラオケもできなければ、映画も楽しめない。
しかし、京都大学霊長類研究所の半身不随のチンパンジーは、高らかに笑います。
「ご自慢の脳みそ、もうちょっとちゃんと使えません?」