40歳のミポリン主演映画。
映画化までには、スッタモンダあったようですが、原作は亭主の辻仁成ですから、ヒロインはどう転んでも中山美穂ということだったでしょう。
舞台はバンコック。
奔放な愛に生きるヒロインに振り回されるのが西島秀俊。
そしてその二人の25年後の劇的再会。
映画はヒットいたしましたし、中山美穂も、さすがに魅力的に、可愛く、セクシーに描かれていて文句はないのですが、こういう映画でいつも気になってしまうこと。
それは、25年の時の流れの映画的表現。
イケメン西島秀俊は、完全に老けメイクで、25年後を演じていましたが、やはりズルイなと思ったのはヒロインの方。
もちろん、ヘアスタイルや、衣装での表現はありましたが、基本老けメイクなし。
タイで出会った二人の年齢設定はありませんでしたが、仮にミポリンが27歳という設定だとして、25年後は52歳。
なのに、映画では、ほとんど出会った頃と変わらないヒロインが再登場。
どうか、周囲の52歳をよく見回してもらいたい。
どうですか。みんな、そこそこくたびれてきてますよ。
でも映画では、演技派とはいえない中山美穂に老けメイクをさせて、その魅力をビジュアル的に半減させることを潔しとしない演出でした。
監督は、韓国のイ・ジェハン。
韓国なら、整形でもなんでもして、これくらいの若作りはあるということでしょうか。
ですから、この映画、老けた西島秀俊と、老けない中山美穂の再会から、なぜだか僕は一気に冷めてしまいました。
もちろん、それなら、映画の後半は、老けた中山美穂が出てくればよかったか。
いや、それはそれで引いたかもしれません。
西島秀俊の老けメイクには、正直少々引きましたから。
そうすると映画演出のもうひとつの手法。
役者を変えるという手があります。
これは、「世界の中心で、愛を叫ぶ」ではそこそこ成功していました。
というか、そんなに気にならなかった。
でも、この映画の場合、役者を変えてしまったら、もう映画としては成立しないでしょう。
なんといっても、中山美穂の映画ですから。
ですから、どうしても、中山美穂はズルイという印象が残ってしまいましたね。
まあ、こちらは恋愛映画に、きゅんとする年齢はとうに過ぎてしまった還暦前の映画オタク。
どうしても、本題から逸れて、そんなつまらないことが気になってしまうわけです。
そうそう。ところがです。
意外や意外。
この映画の主要登場人物の中で、その25年の時の流れに、老けメイクなしでも違和感を持たせなかった役者がいました。
石田ゆりです。
彼女が演じたのは、西島秀俊の妻。
彼女の25年後の登場も、中山美穂同様ほぼ老けメイクなし。
ところが、まったく不思議なものです。
中山美穂であんなに気になった25年後が、石田ゆりではあまり気にならなかった。
彼女がもともと老け顔だったからか。いや、そんなことはない。
彼女が、この映画では脇役だったから、主役ほど気にならなかったのか。どうもそれも違う。
どうやら、歳をとらない顔、あるいは年齢不詳の顔というのはあるようですね
さてそれは、役者としては、有利なのか不利なのか。
ちょっと、それも僕にはわかりません。
こうなってくると、一度見てみたいのは、実際に25年の歳月を経てから、同じキャスティングで再撮影して、一本の映画にしたような作品。
時の流れに、映画的演出を使わない映画ですね。
でも、これを作るのは、相当難しそう。
同じ俳優を25年間、一本の映画にキープしておくなんて至難の技です。
リスクも大きい。
でも、ああそうだ。
そういえば、こう書いてて思い出した。
デビッド・リンチの「ツイン・ピークス The Return」がそれをやっていましたね。
主演のカイル・マクラクランが、25年前と同じ役で再登場。
新シリーズでは、実際に物語の25年後を、描いていました。
「ツインピークス」は、恋愛映画ではありませんが、定年退職後、ゆっくりチェックすることにします。
それでは、「サヨナライツカ」
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