速水御舟
畑の道路側に立ててもらった、野菜の直売所は、目立たせるために、野菜をモチーフにした俳句やイラストをベタベタと貼りまくっているのですが、ちょっと飽きてきました。
やはりこういうものには、品格が大事だとばかり、それではと、著名な画家の描かれた名画から作品を拝借しようと、出かけたのが川越市立中央図書館の美術コーナー。
残念ながら、絵画を嗜む素養は、持ち合わせておりませんので、名も知らぬ日本画家の美術書を、とりあえず片っ端から閲覧。
そんな中で見つけたのが、速水御舟という画家の作品集でした。
この人、生まれは1894年と言いますから明治27年。
そして、昭和10年に、まだ40歳という若さで、腸チフスにかかり、亡くなっています。
ですから、実際に絵を描いていた実年数は、およそ25年足らずです。
そのキャリアの一時期に、彼は野菜の絵を何枚か描いています。
なかなか、僕好みのタッチで描かれていて、これが気に入りました。
こんな作品ばかりなら、この人の作品で、直売所を埋めてしまってもいいなと思ったのですが、彼が野菜を描いていた時期はわずか。
びっくりするのは、その前後で画風が、偉く違って来るんですね。
興味が湧いて、その全生涯の作品を追っていくと、これが目まぐるしく変わっていきます。
最初は、中国由来の南宋画タッチで、すでに国宝級の大作を描いたのち、舞子をモデルにした超精密画。
その後、幻想的な装飾性や象徴性を前面に出した生物画や風景画へと、描くモチーフも変わっていきます。
とにかく、その画風がひとところに落ち着いていないという印象。
実際に、速水御舟はこう言っています。
「梯子の頂上に登る勇気は貴い。しかし、もっと貴いのは、さらにそこから降りてきて、再び登り直す勇気を持つこと。」
芸術家には二つのタイプがあります。
頂点を極めたら、その世界をひたすら極めよ続けようとするタイプ。
そして、もう一つは、その頂点に居座ることを潔しとせず、一度その頂上から降りて、再び新たな頂上を目指そうとするタイプ。
前者のタイプは、ロックの世界で置き換えれば、その筆頭はローリング・ストーンズでしょうか。
デビュー以来、変わらぬ音楽性で、ロック界を今尚疾走する老舗ロックバンドです。
同じ音楽界で、後者の代表といえば、やはりビートルズ。
ご存知の通り、常に、過去の自分達の音楽を破壊して、成長し続けた偉大なロック界のレジェンドです。
映画界で言うなら、前者の代表として筆頭に挙げられるのは、サスペンスの巨匠アルフレッド・ヒッチコックでしょうか。
とにかく、エンターテイメントとしてのサスペンス表現に、映画人としての全生涯を傾けた
彼は、サスペンス映画以外には、ほとんど目もくれませんでした。
そして、映画界で後者の代表として、真っ先に頭に浮かぶのは、スタンリー・キューブリックです。
その生涯に13本の映画しか残さなかった彼ですが、その作品ジャンルは、一作ごとに全て違っていました。
そして、そのどれもが、すでに「頂点」というのがスゴイところ。
日本画家・速水御舟も、美術界においては、完全に後者にカテゴライズされる芸術家でしょう。
頂上での安住を潔しとせず、芸術家の使命感として、その極めた頂上から何度でも降り直して、新しい頂上を目指し続けてきた速水御舟。
そして、彼の画風の変化の中に見て取れるのは、自然への畏敬と慈愛の念。
短い生涯の中で、最終的に彼が向かおうとしていたのは、どんな境地だったか。
それは、もう想像するしかありません。
僕は、個人的には、ローリング・ストーンズもビートルズも好きですし、ヒッチコックの作品も、キューブリックの作品も全て見ています。
でも、クリエイティブの観点から言えば、やはり「梯子から降りる」勇気をもった方に軍配をあげたいところ。
今の世の中、テッペンの居心地の良さにしがみついて、そこから降りてこない輩があまりに多過ぎます。