密室モノとしては、かなりユニークなミステリーでした。
著者は石持浅海。初めて読ませていただく作家です。
経歴をリサーチしました。
大学卒業後は食品会社に勤務しながら執筆を続け、1997年に短編「暗い箱のなかで」が公募アンソロジー『本格推理 11』に採用。
その後も短編を発表し、2002年に『アイルランドの薔薇』で本格的に小説家デビューとのこと。
2003年の『月の扉』で注目され、2005年発表の本作は各種ミステリーランキングで上位に選ばれており、WOWOWでドラマ化もされています。
石持浅海の多くの作品は「クローズド・サークル(閉鎖空間)」で事件が進行するのが特徴。
これは、兼業作家として読書量が多くないため、他作家とトリックが重複するのを避けるために、独自の舞台設定やトリックなしの事件、登場人物同士の議論による真相究明を重視しているためだそうです。
この傾向は本作にも顕著に表れていますね。
本作においても、トリックそのものよりは、登場人物同士が徹底的に議論し合い、論理的に真相へと迫っていく「議論」そのものが本作の読みどころ。
アクションや派手な展開は控えめですが、密度の高い論理的推理がジワリジワリと効いてくるという展開。
事件を犯人側から描く「倒叙もの」が多いのもこの作家の特徴。
なるほど、本作においても、序章において、まずは密室殺人の経緯がそっくり描かれてしまいます。
犯人は、被害者を事故死に見せかけて、バスルームで殺害。
密室に偽装する仕掛けを施して、「密室殺人、完了。」
物語は、ここからスタートするわけです。
まあ、それでも倒叙物は、ミステリー好きとしては「刑事コロンボ」や「古畑任三郎」で相当鍛えられていますので、それほど新鮮というわけではありませんが。
また、この方の作風は勧善懲悪にこだわらない結末も特徴とのこと。
犯人の動機や事情に寄り添い、時には犯人が幸せになる結末も描かれたりするとのことですが、本作においても、探偵役の女子大学院生と犯人とのラストの駆け引きは、読む人によっては、賛否が分かれるところかもしれません。
恋愛要素も程よい加減で融合させており、頭脳戦と人間模様が複雑に絡み合うという面では、古典ミステリーにはない新感覚ミステリーと言っていいかもしれません。
あらすじです。
大学時代の軽音楽部で「アル中分科会」と称して親交を深めた仲間たちが、卒業後初めての同窓会として、成城にあるペンションに集まります。
この同窓会を利用し、メンバーの一人である伏見亮輔は、後輩の新山和宏を客室で事故に見せかけて殺害。
伏見は外部からの侵入が不可能な「完璧な密室」を完成させ、自身の犯行が成功したと考えます。
しかし、その動機はまだ説明されません。
同窓生たちは、一旦部屋に戻りますが、食事の時間になっても、新山だけが現れません。
しかし、新山は疲れて眠っているだけだろうと考え、メンバーは当初、誰も気にも留めません。
しかし、ただ一人、参加者の一人で「アル中分科会」メンバーの姉と共に来ていた碓氷優佳だけが、部屋の様子に不審を抱き始めます。
優佳は、伏見の周到な偽装工作のわずかな粗を見抜き、その鋭い推理と論理的な分析によって、密室の扉が閉ざされたままの状況で伏見を、次第に追い詰めていきます。
この作品の主要な読みどころは、犯人の伏見と探偵役の碓氷優佳の間で繰り広げられる、息詰まる心理戦や頭脳戦です 。
読者は、犯行の内容は知っているものの、「なぜ新山が殺害されたのか」という動機と、「なぜ伏見が密室の扉を閉ざしたままにしておきたいのか」という二つの謎を追いながら、物語が進むにつれて明らかになるロジックの展開を楽しむことになります。
碓氷優佳は死体が確認されていない段階で、推測のみで事件の発生を確信し、物的証拠がなにもないまま、殺人であることや犯人を断定するという恐ろしいほどの洞察力を見せます。
本作はタイトルが示す通り、「扉は閉ざされたまま」の状況で物語が進行し、すべてが解決してから、最後に密室が開けられる構成となっています。
これが、密室モノとしてはとてもユニークでした。
密室殺人は、ミステリーというジャンルにおいて、最も知的で魅力的なテーマの一つです。
外部から誰も侵入できないはずの閉ざされた空間で、なぜか死体が発見される。
この絶対的な不可能状況を、いかに論理的に覆すか。
いずれにしても、過去の多くのミステリーにおいては、密室であった空間が破られ、被害者が全員に確認されてから、この部屋は実は密室であったと理解され、トリック暴きの推理劇は始まりました。
しかし本作の面白いところは、死体が確認されない、事件発生の有無も分からないままに推理小説としてロジックが展開されていくところ。この一点につきます。
タイトルの通りに「扉は閉ざされたまま」で物語は進み、犯人と探偵役の攻防に決着がつき、最後に密室が開けられたところで物語が終わるという構成の妙。
とにかく、密室殺人物で、被害者が殺されている部屋のドアが開く前に、探偵と犯人が戦い終わるというミステリーは初めてでした。
ある意味では、ミステリーのお約束を覆す斬新なプロット構成。
そして、扉が開かれるまでの時間経過に、なぜ犯人がこれほどこだわるのか。これがラストへの重要な伏線になっていました。
多くの本格ミステリが抱える課題として、「緻密なトリックや論理的整合性を追求するあまり、犯罪動機のリアリティが欠ける」点が挙げられると思います。
本作の犯人の動機が理解できるかどうかは、読者に委ねられるところでしょうが、作者が仕掛けた密室トリックに意味を持たせるために、実に考え抜かれた動機であることは理解できます。
個人的には、作者の苦心を評価したいところ。
「平凡な日常生活を送っている人間には、身近に異変が起こっているかもしれないとは、なかなか想像できないものだ。」-本作より引用。
気心の知れた仲間同士の同窓会。旧交を温めようと都内の高級ペンションに集まった七人。
誰もがそんな夜に、殺人事件が起ころうなどとは夢にも思っていません。
その仲間の一人が、夕刻に部屋に戻り、内側から鍵をかけたまま出てこないという状況。
ドアをノックして呼んでも、携帯に電話をしても返事はなし。
中の安否を確認するには、ドアを壊すか、窓ガラスを割るしかありません。
普通に考えれば、風呂に浸かったまま事故死している可能性もあるという段階で、有無を言わず窓くらいは割るだろうと思ってしまいますが、やはりその当事者になってみれば、最悪のことは考えたくないというのが人情なのかもしれません。警備会社が飛んでくるのも、警察が通報で駆け付けるのも、この夜だけは見たくなかった。
犯人はこの心理を巧みに操作しました。
しかし、碓氷優佳だけは、犯人の誘導をシャットアウト。起ったことから論理的に事実を導きます。
ラスト、犯人と対峙するクールな名探偵の女心の「扉はとざされたまま」。
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