上下巻からなる大著ですが、農作業の合間に少しずつ読んでなんとか読了。
以前から、日本の縄文時代には興味があって、いろいろな文献を読んだりしていたのですが、同じ時代に世界はどうだったのかということが突然気になって本書を手に取った次第。
本作は、1997年に出版されたジャレッド・ダイアモンドによる様々な分野の学術を横断したノンフィクション書籍です。
本書の出発点は、彼のニューギニアの友人からの問いかけから。
その友人はジャレッド氏にこう尋ねます。
「なぜ白人は多くの“もの”を発達させたのに、我々にはそれが出来なかったのか?」
素朴でありながら核心を突く疑問です。
ダイアモンド氏は本書を通じて、この時までに明らかになっていた、いろいろな学術的知見を総動員して、友人のこの疑問に真摯に答えようとします。
そして、最終的にたどり着いた結論。
「人種的な優劣ではなく、環境的・地理的条件の違いが文明格差を生んだ」と論じます。
特に16世紀のスペイン人によるインカ帝国征服の事例を取り上げ、彼らの勝因は「銃(武器)・病原菌・鉄(テクノロジー)」を有していた点にあるとし、なぜそれらの要素が特定の地域、特定の人々の手に渡ったのかを、詳細に解明しようとします。
ジャレッド氏は、この本による考察のスタートを、およそ13000年前に設定していますが、これはどうしてか。
それは、この時代が、「人類が狩猟採集から農耕・牧畜へ転換した時期」だからです。
氷期の終わりとともにあらゆる大陸で環境が大きく変化し、人類が食料生産を自ら始めたことで社会構造や技術、人口密度、集団間関係などが本格的に動き出した“文明の黎明期”がこの時期に当たるという人類学的事実があるわけです。
つまり、この時代以前の人類は、地球上のどこでも同じような生活をしていて、地理的にもたいした差異はなかったんですね。
この時期の人類のほとんどは、狩猟や採集によって食料を得ていました。
まだ家畜や農耕は始まっておらず、野生動物の狩猟や野草・果実・木の実・魚などの採集が日常の主な活動でした。
人々は数十人程度の小さなグループ(バンドや部族)で暮らしており、定住せず獲物や季節の作物を求めて移動していました。住居も仮設的なものや簡素なシェルターが中心です。
狩猟採集民の社会は、身分や階級の格差がほとんどない平等な構造が基本でした。蓄積財産が少なく、指導者は特別な権力や富を持たない場合が多かったです。
但し、食料の採集や狩猟は性別や年齢による分担がありました。一般的に男性が大型動物の狩猟、女性や子供が採集を行い、集団全体で協力しながら生活を営みました。
石器(打製石器や磨製石器)、骨や木で作られた簡単な道具のみが使われていました。鋳造技術や金属器はまだありません。
火の利用や、衣服・簡易住居の工夫も見られるが、組織的な建築や複雑な技術は発展していません。
精霊信仰や自然崇拝などの原始的な宗教意識や儀礼がありました。大規模な宗教施設はないものの、洞窟壁画や小さな祭儀が存在します。
このような「狩猟採集型の平等で移動的な社会」から、やがて農耕革命が起こり、定住・人口増・社会的階層・技術発展が進行していくことが、ダイアモンド氏が『銃・病原菌・鉄』にて強調する「文明格差の出発点」ということになります。
ジャレッド氏は、ここからの人類史において、地域による文明格差が生じていくことになるのは、人種の優劣ではなく、あくまで環境要因によるものだと自説を展開していますが、その環境要因とは何か。
それは、文明や社会の発展の根幹を左右するものは、あくまで地理的・生態的な条件だということを指します。
まず地理的条件。
地球上には、ユーラシア、アフリカ、南北アメリカ、オーストラリアという大きな陸塊があります。
問題なのはこの大陸の形状です。東西に広いユーラシア大陸に対して、アフリカと南北アメリカは、南北に長い大陸であるということ。
同じ経度の自然環境が東西に延びるユーラシア大陸と、緯度を跨いで南北方向に延びるアフリカや南北アメリカ大陸では、東西に延びるユーラシア大陸の方が圧倒的に速いスピードで伝播することを、人類史は証明しています。
気候帯の継続性、山脈・砂漠などの自然障壁の有無が、農耕技術や家畜・作物の伝播、文明の交流・発展速度を大きく左右したということです。
そして、農耕や家畜化が可能な種類が「どこに、どれだけ分布していたか」。
例えば、ユーラシアは穀物や家畜化しやすい大型動物が多かったために、食料生産が爆発的に進み、人口・技術力の差につながったというわけです。
そして、家畜化が進行することにより、何が起こったか。
それは、人類が、動物由来の病原菌に侵されるということ。そして、その病原菌との共存が進行していく中で、人類はこの病原菌の免疫も手に入れることになります。
長期的な家畜化・人口密集によって発生した病原菌が、その環境で生きる人々に免疫を生じさせ、他地域との圧倒的な格差を生みだすことになるわけです。
そして、気候変動も人々の生活を変えます。
氷期の終わりなど、環境変化により一部地域が農耕に適した気候となり、人々が定住化しやすくなってくるわけです。
これらの「環境要因」が、文明間の技術・軍事力・社会構造などに大きな違いをもたらし、世界の勢力図を形成する本質的な根拠としてダイアモンドが強調しています。
人種や個人の能力ではなく、「環境」が文明格差の最大要因だ、というのが本書の独自性と言えそうです。
ダイアモンド氏は、人類社会の発展を「集権化」という観点から、次の4段階に分けて説明しています。
これは、本書に繰り返し登場する概念で、個人的には非常に興味深いものでした。
ざっとこんなステップです。
〇小規模血縁集団(バンド/家族的集団)
規模は数十人程度。
主に血縁や近い親戚で構成。
生活様式は、狩猟採集・移動型
社会構造は、平等で階層や専門職はほぼなし。特定の権力者もいない。
従って、衣食住は基本的に個人の裁量による。
集団の意思決定は、合議やリーダー的存在による話し合い的合意形成。
〇部族社会 (トライブ)
規模は、数百人~数千人。
構成は、複数の血縁集団がまとまったもの。
生活様式は、定住化も始まり農耕や牧畜が加わる。
社会構造としては、長老やリーダーが現れるが、身分制度はまだ限定的。
意思決定は、部族会議、もしくは長老への委任。
〇首長社会(チーフダム)
規模は、数千人~数万人。
複数の部族が統合。
農耕・牧畜が主流、完全定住型。
社会構造は、首長(チーフ)による支配。貢納や再分配制度。身分や役割の階層化
意思決定は、首長や特定の支配層が決裁。
〇国家(ステート)
規模は数万人~数百万人。
構成は多様な民族や都市を包摂
生活様式は、都市・農村の分業発展、大規模定住
社会構造は中央集権的な政府、官僚機構、法律・軍隊・税制が整備
意思決定は王や政府による強力な統治。
この4つのステップは、人口増加・農耕の開始・社会の複雑化につれて、社会の規模や組織、意思決定の仕組みが高度化・集中化していく流れを表しています。
最初は平等で小規模ですが、徐々にリーダーや支配者層が登場し、財産や身分による格差が生まれ、最終的に官僚制と法の支配が確立されるのです。
そして、この官僚たちの仕事をベースにして、文字文化も誕生していきます。
ここで大事なことは、国家が形成できるようになり、文字を持ったから、その民族なり、国民なりが、部族社会の人に比べて優秀だということにはならないということです。
ジャレッド氏は、これは単に人口の過密化という環境の変化がもたらすもので、人種の優劣は関係ないと説明します。
その人数規模の集団社会になったら、社会のシステムは、このように変化させていかないと立ち行かなくなるだけのことだということ。
そして、人口が集中すれば、発明や技術革新を起こせる特殊能力を持つ人物も囲い込め、分業により、こういう職人集団を社会で養うことも出来るようになるからだと説明します。
つまり文明の格差の理由は、人種の優劣ではなく、あくまで集団の過密化という環境の問題に由来しているだけだというわけです。
オーストラリアには、今世紀にいたるまで、狩猟採集社会を営んでいたアボリジニという先住民がいます。
著者は「なぜアボリジニなど一部の地域の先住民が国家や集権的社会に至らなかったのか?」という疑問に対し、それは地理的・生態的環境が決定的であったと説明しています。
オーストラリア大陸には家畜化できる大型哺乳類や、栽培化しやすい主要穀物の原種がほとんど存在しませんでした。このため、食糧生産(農耕や牧畜)が発展せず、人口密度も低く、定住化・分業・政治集団の発展が起きなかったというのが、彼らの存在していた理由です。
狩猟採集生活が長く続くと、小規模な血縁集団や部族社会での平等的で伝統的な文化が維持されます。農耕が始まらない限り、集権的な社会へのステップ(首長社会、国家)に至ることは極めて稀になります。
アボリジニ社会では、環境の制約により技術や社会制度の発展に必要な基盤が築けなかった。これがダイアモンドの主張の中核です。
ダイアモンドは、技術が必ずしも全ての社会で自動的に受け入れられるわけではないことも指摘しています。
例えば東南アジアやニューギニアなどでは、民族ごとに新技術への適応度が異なり、積極的に導入する民族と保守的で拒否する民族の差が見られることも書かれています。
ただし、「技術の獲得を拒否する」最大の理由も、環境と食糧生産の条件、社会構造に起因する場合が多いということ。
限られた資源下では従来の生活を維持する方が合理的であり、新技術を受け入れる余裕や社会的インセンティブが乏しいことが背景となっています。
ダイアモンドは、アボリジニのように集権化ステップを辿らなかった社会の理由を「環境要因」に求めています。すなわち作物・家畜、地理的障壁、人口密度などです。
また新技術の導入可否も、基本的にはその社会の環境条件による必然的帰結であると説明しています。「意志や能力の問題ではなく、環境の枠組みが人類の歩みを規定した」ということが本書の大きな主張です。
アボリジニには、現代人のように、スマホを使いこなし、都市の社会インフラを利用するスキルはないかもしれません。
しかし、彼らは、オーストラリアの厳しい自然の中で、動物の行動・痕跡・鳴き声を極めて細かく観察し、獲物を追跡・捕獲できる卓越した追跡技能があります。
土壌や植生、水の位置、その年の気候変動まで把握し、数日単位で住む場所を変えて生き延びる「遊動制」を実践しています。
植物や動物、季節変動に合わせた独自の「食料調達戦略」を構築し、食べられる根、実、薬用植物、有毒な食材も調理や加工によって安全にする技術を持っています。
複雑な技術や道具(投げ槍、ブーメラン、石組み魚道など)を使いこなし、自然資源を持続的に管理しています。
物語や歌を通じて知恵・文化・歴史・土地の利用法(「ソングライン」)を口承伝達し、数千年規模で知識を継承してきました。
伝統的な狩猟採集生活では、バランスの取れた食事と運動量により、現代人に比べて体力もあり、肥満や生活習慣病の発生率も低いわけです。
アボリジニの狩猟採集能力は「現代技術で代替できる」とは言えない、人間本来の感覚・判断力・環境適応力に根ざしたものです。超自然的とも言える自然観察能力、周囲の環境への責任感、複雑な知識伝達技術などは、現代人よりも「優れている」と断言できる能力です。
現代社会が失いつつある「自然とのバランス感覚」や「持続性のある生き方」は、彼らの知恵に学ぶべき点が多くあります。
現代社会をリードしているのは、確かに欧米社会かもしれません。
しかし、ジャレッド氏は、歴史的にヨーロッパ系の人々が他地域を支配し主導権を握った理由は、「人種的・遺伝的な優位性によるものではなく、単なる環境的・地理的条件による偶然の結果」だと述べています。
主なポイントは以下の通り。
ユーラシア大陸(ヨーロッパを含む)は、大麦や小麦など栽培に適した穀物や家畜化可能な大型哺乳類が豊富であり、食料生産に適した環境であった。この安定した食糧供給が社会の人口増加、分業化、技術発展を促した。
長年にわたる家畜化生活により、人類の感染症(天然痘など)への免疫が進み、ヨーロッパ人がアメリカ等に進出した際、先住民は免疫を持たず多くが命を落とした。この病原菌の差が支配を決定づけた。
先進的な武器(鉄器・火器)や航海術、組織的な軍事力・国家体制がヨーロッパに広まっていたことも、アメリカ・アフリカ・オーストラリアなどを征服できた要因。
このように、ヨーロッパの人々が主導権を握ったのは「銃・病原菌・鉄」という環境に恵まれた“武器”によるものであり、彼ら自身の遺伝的・民族的な優位性ではないということ。これがダイアモンド氏の結論です。
ちなみに、この時代と並行して、我々の祖先である縄文人はなにをしていたのか。
これが、本書が示す世界の動きとは、真逆だったから面白いんですね。
本書の考察が及んだ時代と、日本の縄文時代は、時代的にはまるかぶりしています。
本書が語るように、世界的には農耕が広がる中、日本列島では長く狩猟・漁労・採集を基盤とした暮らしが続きました。
クリ・ドングリなどの堅果類利用は盛んでしたが、大規模農耕は弥生時代まで普及しませんでした。
世界最古級(約1万6千年前)の土器を持ち、煮炊き・貯蔵の技術は高かったのですが、それは必ずしも農耕社会化を意味しませんでした。
土偶、漆器、装飾品、集落遺跡などから、豊かな信仰・芸術活動がうかがえます。これは農耕都市文明とは異なる「余暇と美意識の発展」形態でした。
縄文時代の人には、心のゆとりがあったわけです。
そして、狩猟採集経済のため人口は低密度で、感染症の大規模流行はほぼ起きませんでした。
そのため、ダイアモンドが重視した「病原菌の武器化」が、縄文時代には進まなかったわけです。
日本列島は温暖湿潤で海の幸・山の幸が豊富 だったので、農耕を急ぐ必要が薄かったというのも世界水準と違った理由です。
大型家畜の在来種も、当時の日本にはほぼいませんでした。つまり、 馬がいなかったということは、軍事化も進まなかったということ。縄文人は戦争をしませんでした。
地理的の要因もあります。つまり、縄文時代には、日本は完全に大陸から切り離され、島国になっていたということ。つまり、ユーラシア大陸の農耕文化の波が届くのは、弥生時代を待たなければならなかったわけです。
要するに、ダイアモンドが描いた「農耕・牧畜が文明と軍事力を生み出し、世界を制した」というストーリーの「逆側」にいたのが縄文文化だったんですね。
世界が「食料生産 → 国家 → 戦争」へと進む中、縄文時代の人たちは、悠々と独自の道を歩み、「自然資源の豊かさを背景に、戦争よりも芸術と信仰を育んだ文明」を築いたわけです。
「銃・病原菌・鉄」という武器を背景に、世界各地は、文明の発展と歩調を合わせるように、次第に血なまぐさくなっていったのに対し、縄文時代の人は争いごとに背を向けて、どんな文化とも共存する道を選んだわけです。
高度な文明が、人間を幸せにするか否か。
本書を読みながら、そんなことを考え、日々野菜作りに精を出す毎日。
ほぼ人付き合いもなくなった老人百姓は、エアコンの効いた部屋から畑を眺め、今日採れた野菜で、ランチは何を作ろうか考えております。
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