1960年代に一世を風靡した任侠映画ですが、これはほぼスルーしてきました。
60年代当時は、小学生でしたから、第一次怪獣ブームにのって、映画館で見るのはゴジラやガメラばかり。
大学生になってからも、「仁義なき戦い」などの実録モノは見ましたが、ドスを振り回す任侠映画はちょっとついていけませんでした。
任侠映画といえば、やはり高倉健。高倉健といえば東映。
DVDの時代になって、「昭和残侠伝」シリーズなどは、勉強の意味で何本か見ましたが、展開も役者もほぼ同じで、作品ごとの印象はほぼありません。
クラシック映画好きとしては、やくざ映画をあまり邪険にしていてもよくないと思い、Amazon プライムをチェックしたら本作を発見。
最初は、東映任侠映画としては評価の高い「人生劇場 飛車角」を探していたのですが残念ながら有料コンテンツ。
Amazon プライムは、無料コンテンツのみ鑑賞と決めている貧乏老人ですのでこれはやむなくパス。
東映任侠映画は、大量にアップされてはいましたが、ほぼ有料コンテンツでした。
そんな中で、無料コンテンツとして、アップされていたのが本作。
高倉健や鶴田浩二は出演していませんでしたが、それでも、主演は聞いたことのある名前でした。
安藤昇。
なかなか強面の男優で、やくざ映画しか勤まらないような不敵な面構えです。
頬の傷が妙にリアル。
実は、この人の主演映画を、学生時代に映画館で一本だけ見ていました。
タイトルも覚えています。「安藤昇のわが逃亡とSEXの記録」。1976年の作品です。
お察しの通り、この刺激的なタイトルにやられてしまいました。
やくざ映画ではなく、ポルノ映画だと思っていたわけです。
当時御贔屓だったポルノ女優ひろみ麻耶が出演していたので、こちらがお目当てだったことは白状しておきます。
この作品、実録モノと銘打っていましたから、誰がモデルかなと思っていたら、なんとこの安藤昇という俳優自身が元バリバリのヤクザでした。
安藤昇は、1952年、「東興業(後の安藤組)」を設立し、用心棒や賭博などを手掛けて組を拡大。
組織は1,000人を超える構成員を持ち、大学生や高校生も多かったといいます。
暴力団にありがちな入れ墨や指詰めを禁止し、背広着用を推奨するなど都会的・ファッショナブルな運営方針で当時の若者から絶大な支持を受けたとのこと。
1958年の横井英樹襲撃事件に関与し逮捕・服役後、1964年に組を解散しています。
その後、1965年、映画『血と掟』で自身の自叙伝をもとに主演デビューし、その後数多くの仁侠映画に主演しています。
なるほど、これなら存在感とリアリティがないわけがありません。
原作や自叙伝も手掛ける人ですから、さしずめインテリやくざというところでしょうか。
この人は、松竹・日活・東映の各社で主演作を持ち、ヤクザ映画のスターと稀有な俳優。
本作が無料コンテンツだったのは、東映ではなく、日活作品だったからでしょう。
任侠映画というと、東映の専売特許のように思っていましたが、日活もこの時代は製作していたんですね。
あまり記憶にはありませんでしたが、無国籍アクションで名を馳せた石原裕次郎も、この時代には、着流し姿で任侠映画に出ていたようです。高橋英樹なども、この時代の日活任侠映画で活躍していましたが、テレビ台頭の影響は避けがたく、経営不振の会社に見切りをつけて、日活のスターたちは、テレビドラマへとその活路を見出していくことになります。
やくざ映画は、なんといっても義理人情が主役のようなもの。
そのステレオタイプを破壊したのが深作欣二監督の「仁義なき戦い」シリーズでした。
しかし、それまでの任侠映画で高倉健や池辺良が体現した形式美は、全共闘時代の若者のハートをガッチリと掴みました。
「仁義なき戦い」以前の、1969年に作られた本作は、まだこの延長線上にあったといっていいでしょう。
博徒飯沢組の大幹部・岩本直治(安藤昇)は、昭和33年に暴力団黒川組と私闘になり、5年間の刑務所生活の末に出所します。
しかし直後、何者かにドスで襲われ、怪我を負ってしまいます。
組織同士の抗争は続き、社会復帰を望むも、直治の周囲には新たな抗争や陰謀が待ち受けていました。
飯沢組をはじめとする地元組織連合「旭会」に、大組織・敷島会との合併話が持ち込まれますが、実際は町を支配しようとする裏の策略。直治は過去の「刑務所兄弟」梅谷との絆や、家族や身内をめぐる悲劇の中、組織社会の非情な運命にもがき続けます。
最後には、直治やその兄弟分・松原が次々と抗争の犠牲になり、直治自身もすべてを失いながら、やくざ社会の非情な現実に消えていくことになります。
とにかく、我慢に我慢を重ねた主人公が、最後に単身相手のアジトに殴り込みドスを振り回す。
そこに、助っ人が現れて、現場は大乱闘。
東映任侠映画で、高倉健が繰り返し演じた鉄板のフォーマットを、本作の安藤昇もそのまま踏襲。
但し、共演するのは菅原文太や松方弘樹などの東映スターではなく、長門裕之や川地民夫といった日活スターでした。
敵役の安倍徹は、東映と日活をまたにかけていましたね。
しかし残念ながら、この路線が大衆に飽きられてきた頃の作品でしたので、やはりカタルシスはいまいち。
ここは、任侠映画全盛時代の高倉健の唐獅子牡丹に軍配が上がります。
安藤昇という人は、精悍な顔立ち自体は、けっしてケンさんに引けを取っていないのですが、なんといっても俳優としては素人の哀しさ。セリフには、顔ほどの迫力はありませんでした。
もう一人大物ゲスト・スターの枠で出演していたのが丹波哲郎。
出番は少ないものの、美味しいところをかっさらってゆく役でしたが、ドラマ「キーハンター」や、映画「007は二度死ぬ」のタイガー田中をしっている世代としては、思わずニンマリしてしまいました。
安藤昇という人は、実際にやくざをやっていた人ですから、危ないエピソードには事欠きません。
撮影で実際に本物の拳銃を使用して、捕まったこともあります。
ポリコレの今の時代なら、とてもおっかなくて、使えない俳優でしょうが、さすがに元親分、最近世間を賑わしている中居正広、松本人志といったようなタレントのようなチンケな悪さに、手を染めることはなかった模様。
芸能界にも、いまだに彼のシンパはかなりいるようで、人望はそれなりのものだったのでしょう。
やくざにシンパシーを感じることはありませんが、やくざに憧れてしまう人たちの気持ちなら理解できるような気がします。
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